唾液は食べ物の消化に大きく関わっているという事はご存じの通りと思われます。特に炭水化物を分解するアミラーゼという消化酵素を含んでいますので、「お米を噛んでいると甘くなってくる」というのはお米のでんぷん質がアミラーゼによって分解されて、糖の一緒であるブドウ糖に変化するからです。こういったように食べ物を消化酵素の力で体に吸収しやすい形へ変化させる役割があります。
その他には、細菌の繁殖を抑える働きをもった各種の酵素を含んでいます。「唾をつけておけば治る!!」というのは昔から存在する金言ですが、強ち嘘でもないですが、かといって絶対的に正しいわけでもなくですが...ちょっとした擦り傷程度ならばよいかもしれませんが、傷口に唾の治療の過信は禁物です。
犬猫に関していえば、傷口を舐める事で良くなることは一切ありませんので、先程の金言が動物には決して当てはまらない事をご理解下さい。大抵の場合は、傷が化膿したり広がったりしてひどくなることがほとんどです。
他にも唾液の役割は様々(虫歯・歯石の予防、口の乾燥防止、食べ物の輸送などなど)です。この唾液を作り出して分泌する唾液腺というものは、複数存在します。
犬猫においては、下顎腺・舌下腺・耳下腺・頬骨腺という主に4つの唾液腺があり、それらが左右に存在します。
今回の猫ちゃんの病名である唾液腺嚢胞とは、この4つの唾液腺の何れかあるいは複数が何らかの原因で損傷してしまい、本来は口の中に規律的に分泌される唾液が別の場所に漏れだしてしまい、唾液が貯留してしまうものをいいます。
何故損傷して漏れ出してしまうのかの原因は不明なことが多く、ケガや事故などによる事もありますが、ほとんどは何故そうなってしまったのかがわからず、気づいたら溜まっていたというケースがほとんどです。
どの唾液腺が損傷するかによって、以下のように分けられます。
(インターズー ステップアップ犬と猫の臨床歯科 より)
唾液腺嚢胞は、その多くが犬に発生します。今回は猫ちゃんのケースとなりましたが、個人的な経験では猫ちゃんの唾液腺嚢胞は初めてでした。
唾液腺嚢胞の治療は、溜まってしまった唾液を針を刺して吸引する事で緩和処置が可能です。しかし、一時的に貯留したものが無くなっても近い内に再発してしまう事が大半です。中には数回の吸引を繰り返している内に再発しなくなるケースもあります。舌下粘液嚢胞や咽頭粘液嚢胞などは鎮静処置などを施さないと吸引する事が困難な事もあります。
再発を防ぐ目的での治療としては、問題となっている唾液腺を切除する事です。
粘液嚢胞の多くが舌下腺の損傷に起因しているため、この唾液腺を目的に切除します。しかし、舌下腺は下顎腺という別の唾液腺に付随していて境界線が不明瞭な為、下顎腺と舌下腺の両方を摘出する事が一般的です。
舌下腺の損傷部分がどこなのかはほぼ判別不能な為、「なるべく唾液腺の奥の方で切除する」ということになります。
今回の猫ちゃんは、朝気付いたら腫れていたとの事でした。特に本人が気にする様子はなく、何か怪我を負うような事も一切ありませんでした。
数回の吸引抜去を試みましたが、何れも1週間以内で再貯留してきてしまう為、唾液腺の切除を行いました。
線で囲った部分が唾液が貯留して腫れている部分です。
上が切除した下顎腺(左側)と、舌下腺(右側に小さくくっついているもの)になります。(セピア色に加工しています)
術中に貯留していた液体を吸引しました。約9cc程貯留しており、以前には最大で15cc貯留していました。
手術により治癒する事が多いですが、再発の可能性が完全には払しょくできないため、今後も経過を見ていく必要性があります。
あまり遭遇する機会の少ない猫ちゃんの唾液腺嚢胞でした。