乳腺腫瘍と卵巣腫瘍を摘出した一例
未避妊の中高齢の犬猫に見られる代表的な疾患として子宮蓄膿症や乳腺腫瘍が挙げられます。
これらの内、乳腺腫瘍に関しては2回目の発情を迎える前までに避妊手術を行うと将来的な発生リスクを下げられるというデータが出ております。初回発情前までに実施すると将来の発生リスクは0.5%、1回目を迎えて2回目前までに実施した場合は8%、それ以降に関しては26%となります。
乳腺腫瘍は未避妊の子に必ず発生するわけではありませんが、発生してしまった時は犬の場合は50%が良性・50%が悪性で、更に悪性の内の50%(乳腺腫瘍全体の25%)が転移などを起こす超悪性と言われています。猫においては90%が悪性と言われており、再発率・転移率も非常に高いものです。乳腺腫瘍に特効薬となる抗がん剤がまだない為、基本的には外科切除が第一選択となります。
犬は乳頭が左右5対、猫は4対が基本となります。外科切除の場合は「どこの乳腺に」「どのくらいの大きさの腫瘍があって」「転移はあるのか」によって、手術の方法が幾つかに分かれます。
手術方法は以下のものがあります。
①乳腺腫瘍だけを切除する方法
②腫瘍を含む乳腺だけを切除する方法
③腫瘍を含む乳腺と、リンパ管で繋がっている乳腺を含めて切除する方法
④片側の乳腺全体を切除する方法
⑤両側の乳腺全部を切除する方法
猫の場合は乳腺腫瘍は90%が悪性の為、手術は④の腫瘍が発生した側全ての切除が第一選択となります。
犬の場合、1~3の乳腺と4~5の乳腺がそれぞれがリンパ管で繋がっており、3と4の間には不定形ながらリンパ管で繋がっている事があります。どの乳腺にどのくらいの大きさの腫瘍が発生したかによって①~⑤の方法が選択されますが、①と⑤は実施は推奨せず、③と④が主体となります。
乳腺腫瘍の手術は広範囲に及ぶため、術後に皮膚の張力がかかってしまう事と切除部位が大きい為に痛みも強いものとなってしまいます。更には転移してしまっている場合には手術自体が実施できないというケースもありえます。悪性の場合は腫瘍そのものが自壊してしまって管理が大変だったり、肺転移する事が多い為呼吸困難を呈する事があります。
この病気のリスクは先述の通りに、なるべく若齢のうちに避妊手術を実施する事で大きく下げることが期待できますので、その実施を当院を強く推奨しております。
今回は、今までほとんど病気らしい病気をしたことがなかったという13歳の女の子のワンちゃんです。穴掘りが大好きで泥んこまみれになって遊ぶのが日常の元気な子です。おっぱいの一つにしこりがあるとの事で来院されました。
体調は何も問題はなく、食欲もしっかりとしていて、しこり以外に気になる事は特にないとの事でした。実際にしこりを調べてみると、一つだけでなく複数の乳腺に幾つものしこりが見つかりました。多発的な乳腺腫瘍でした。両側に多数広範に存在する事から、片側切除を期間を空けて左右それぞれ実施するという方針となりました。
手術を実施する前の検査で大きな問題が一つ。実は、フィラリアが陽性だったのです💦
フィラリアの検査試薬で陽性判定=フィラリアの成虫がいるという事になります。また、血液を顕微鏡でのぞくとミクロフィラリアも陽性でした。フィラリアの予防を怠ってしまっていたということでした。幸いにも咳などの呼吸困難や腹水などの症状は皆無でしたが、麻酔を行うにあたっては非常にリスクが高くなってしまいます。
血液検査、レントゲン検査、超音波検査などの術前検査を全て行い、麻酔の実施が可能と最終的に判断を下し、片側乳腺切除と子宮卵巣摘出術を実施しました。
乳腺腫瘍切除の際の子宮卵巣切除術の併用についてのメリットについては議論があるところですが、事前の腹部超音波検査にて卵巣にも異常を認めた為に今回同時に行う事になりました。
術後の創部の様子です。
広範に及んでいるため縫合数も多く、痛々しく感じてしまいます。
下は切除した乳腺組織になります。この切除した乳腺の複数に、幾つかの腫瘍があります。
下が切除した卵巣と子宮です。これらの臓器にも異常な様子が明らかでした。子宮は腫大しており、左右の卵巣には腫瘍が形成されていました。
腫瘍化している卵巣です。
術後は4~7日間の入院が必要となります。傷口に滲出液という炎症による水分が溜まってしまうと治癒がうまくいかない為にその管理も必要となりますが、今回のワンちゃんでは幸いにもそういったものはほとんど見られずに、経過は順調でした。
今回は飼い主様とのご相談にて1週間の入院とさせて頂き、入院中も3日目からはトイレお散歩中にもっと散歩に行きたいとアピールする様子でした。
病理検査では、今回切除した乳腺腫瘍は全て良性との結果でした。卵巣の腫瘍は良性ではありましたが一部悪性の兆候も見られた為、今後も引き続き経過を見ていく必要性があります。
今回の創部が安定してしばらく後には、反対側の切除が予定されています。
次なる手術にてこの乳腺腫瘍と完全に手を切れるように、ワンちゃんには頑張ってもらいたいと願っております。
またフィラリアに対する治療も継続していく必要性があります。おそらく予防を毎年して頂くよりも、治療の方が手間も費用も要する事になってしまいますが、今のところ無症状で推移してくれていますので、時間をかけて駆除していく方法を行っていきます。
フィラリアも乳腺腫瘍も、どちらも予防を心掛けて頂くことが大切になりますので、しっかりと行っていきましょう!