~肛門周囲腺腫の一例~ 未去勢のワンちゃん
今回は「肛門周囲腺腫」という病気のお話です。
この病気は"未去勢の中高齢の犬"に特に多く見られる病気です。
肛門の周りには、皮脂(脂分)を分泌する肛門周囲腺という分泌腺が存在します。
この分泌腺が腫瘍化し、増大してしまったものが肛門周囲腺腫です。
良性の腫瘍ですが、巨大化すると排便に支障をきたしたり、自壊(腫瘍が傷つくこと)して出血が持続的に続いたり、その部分に感染を引き起こしてしまうと事態は深刻化してしまいます。
この病気の発生と進行には男性ホルモンが大きく関与しています。男性ホルモンの影響を受けている期間が長いほど、発生のリスクは高まってきます。ですので、若い年齢の子での発生はほとんどありません。多くが7歳以降に見られます。稀にメスにも発生する事があります。
同じ部分に同じように発生する腫瘍では、肛門嚢アポクリン腺癌というものがあります。こちらは悪性腫瘍で、周囲の組織に浸潤・転移する恐れがあります。この肛門嚢アポクリン腺癌は男性ホルモンとの関連性は無く、オスだけでなくメスにも発生がみられるものです。
以下は実際の肛門周囲腺腫の例となります。
当院に来院されたワンちゃんの一例です。主訴はお座りした時に床に血液が付着するというものでした。
尻尾を持ち上げてみてみると、肛門の直下にできものがあり、その表面が脆い為に擦れて容易に出血してしまうという状況でした。
またそのできものの斜め下にも小さなしこりがあります。こちらは出血はしておりませんが、触ってみると皮膚の下にしこりが存在していました。
検査状況から肛門周囲腺腫と診断しました。
このワンちゃんは未去勢でしたので、病気の背景としては一致します。ただし年齢は7歳未満でしたので、やや早めでの発症という事になります。
治療方法としましては、腫瘍の切除と同時に去勢手術を実施しました。
腫瘍が大きくなってしまうと、その分切除しなければならない部分も大きくなります。肛門周りは非常にデリケートな部分の為、大きく切除する際に筋肉も切除しなければならなくなってしまうと、術後の排便に影響が出てしまう可能性があります。ですので、腫瘍がなるべく小さいうちに切除する事が大事です。
また、去勢をせずに睾丸を残してしまうと、切除した以外の分泌腺が将来腫瘍化してしまうリスクが高いままになってしまいますので、治療兼リスク回避の為に必ず去勢も実施します。
手術前の状態です。消毒の際の物理接触程度でも出血しているのがお分かりいただけるかと思います。
切除した腫瘍です。腫瘍の周囲も含めて切除しますので、実際のできものよりも大きく切り取る事になります。術後は汚れやすい部分ですので清潔に管理して頂く事と、噛んだり舐めたりしないように傷口保護(エリザベスカラーの装着)をしっかりとする必要があります。このワンちゃんは術後、縫合した部分に問題が生じましたが、飼い主様のご協力を得て治療を実施し、治癒しました。
切除した腫瘍はやはり肛門周囲腺腫でした。
今回はあまり腫瘍が大きくならない内に来院していただき、治療を実施した例となります。
去勢をすれば100%発生しない、という確約は得られませんが、私の経験上では未去勢のワンちゃんでしかこの病気に遭遇したことはありません。
去勢手術を実施する事で予防、リスクを軽減できる病気は多々あります。今回の肛門周囲腺腫もその一つです。病気は未然に防ぐことが最も有効ですが、仮に病気が発症してしまった場合には早期に受診し、治療をご相談したいと思います。